昔、私が都市ガスの工事をしていた時の出来事です。
道路工事で通行が困難になっているとき、一人のおじさんが通ろうとしていました。
その時、私たちの会社の監督がこう言ったのです。
「どうぞ」
すると、おじさんは激怒し、
「何がどうぞだ! いい加減にしろ!」
と返してきました。
この状況について、私はおじさんの気持ちが理解できます。
自分には関係のない工事のせいで道が不便になっているのに、まるでこちらが許可を出す側のように「どうぞ」と言われたら、腹が立つのも無理はありません。

また、別のエピソードがあります。
ホームセンターで会計をしようとレジに入ろうとした時のことです。
レジの女性に、
「まだ待ってください、まだ待ってください」
と強めに言われました。それだけでも少し不快でしたが、その後さらに、
「どうぞー、どうぞー」
としつこく催促されました。
私は心の中で
(ふざけるな、何がどうぞだ)
と思いましたが、そこは大人として我慢しました。
『どうぞ』は本来、親切な言葉のはずですが、状況によってはそうとも限りません。
こちらに不便をかけている側であり、さっきまで強く制していた側が使うと、『どうぞ』は親切ではなく、恩着せがましさや雑な支配に聞こえることがあります。
人々は言葉そのものに怒るのではなく、その言葉の背後にある立場のズレに対して怒ることがあるのかもしれません。
皆さんは、この『どうぞ』をどのように感じますか?
#言葉の力 #日常の気づき #コミュニケーション
あとがき
言葉の使い方や意図によって、受け手の感じ方は大きく変わるものですね。特に、「どうぞ」といったシンプルな言葉であっても、状況やタイミング、その時の雰囲気によっては誤解を生むことがあります。
コミュニケーションにおいては、ただ言葉を発するのではなく、相手の立場やその場の状況、そして自身の態度にも気を配ることが大切です。言葉はコミュニケーションの道具であり、それをどう使うかで関係性が良くも悪くもなります。
これを機に、私たちはもっと相手の立場に立って考えること、そして言葉の選び方に注意を払うことを心がけたいものです。言葉の力をもっとポジティブに活用できれば、日常のコミュニケーションもより豊かになるでしょう。
皆さんも、日常の中での言葉遣いについて、一度振り返ってみてはいかがでしょうか?




