忙しく生きる人ほど、「1分1秒を無駄にしてはならない」と思い込みがちです。
動画は倍速、読書は要約、移動中も常に何かの“効率化”。
もちろん悪いことではありません。現代人にとって自然な感覚です。
でも──
その価値観がいつのまにか「生き急ぐ」という形で人生を薄くしてしまう。
実は、兼好法師は700年前からそのことを淡々と見抜いていました。
「一瞬を惜しめ」と言いつつ、
その奥には驚くほど静かで、優しい眼差しがあるのです。
今日は、洋と“忙しい人”の会話を通して、
兼好法師の本当の意図をやわらかく読み直してみたいと思います。
『洋と忙しい人の会話』
時間に余裕がない人生ゲーム

忙しい人
「時は金なり」と言いますよね。(ルーズベルトの言葉)
だから、一分一秒も無駄にはしたくないのです。
私の時間は、普通の人より価値が高いと本気で思っています。
洋
それを「生き急ぐ」と言うのです。
季節の移ろいを味わうこともなく、ただ急いで人生を終わらせようとしているように見えます。
その価値観が、結果として人生を“薄く”してしまっているのですよ。
忙しい人
でも、兼好法師も言っていますよ!
「一銭はわずかな金だが、貯まれば貧乏人を金持ちにする。
商人が一銭を惜しむ心は切実だ。
時間も同じで、一瞬を放っておけば一生はたちまち終わってしまう。」と。
洋
なるほど。
でも、その部分だけを読むと兼好法師が“超ストイックな人”に見えるでしょう?
実は、そんな厳しい戒めではないのです。
◆兼好法師の言葉は本当は穏やか
―「一瞬を惜しめ」の裏にある、柔らかな生き方―
洋
「一瞬を惜しめ」「無駄な時間を過ごすな」と聞くと確かに厳しいですが、
少し立ち止まって読めば、そこには静かで優しい心が流れています。
兼好が言いたかったのは、
「怠けるな」という叱責ではありません。
小さな時間を粗末に扱わず
今この瞬間を丁寧に味わいなさい
という、とても人間らしい願いなのです。
忙しい人
効率よくすべきだと思います。
待たされることや時間を取られることには耐えられません。
洋
それとは少し違うのですよ。
兼好は「急げ」「休むな」なんて一言も言っていません。
むしろ逆です。
ぼーっとするなら、心からぼーっとする。
遊ぶなら、思い切り遊ぶ。
何をするにしても、浅くしない。
自由に使える時間は、本来ごくわずかです。
だからこそ、
「そのわずかな時間を粗末にしないで」
と伝えているだけなのです。
これはつまり、
“時間に心を添える生き方” のすすめなのですよ。
◆倍速で生きるあなたへ
忙しい人
もちろん私も息抜きはします。
動画も見るし、小説も読みます。
洋
でも、あなたは動画を倍速で見て、小説は要約ですよね。
兼好ならこう言うでしょう。
「もう少し落ち着きなさい」 と。
兼好は「今日という日は、明日死ぬと知らせれた日と同じ」と述べていますが、
これは“今日を最後だと思って生きろ”と脅しているのではありません。
本当はこうです。
“季節の移り変わる楽しさも味わえないなら、千年生きても変わらないよ”
言葉は鋭いけれど、その刃の根元には優しさがあります。
それが兼好という人なのです。
忙しい人
私は忙しくても楽しむことは心得ていますよ。心配は無用です。
◆後日談
その後、忙しい人はどうしたかというと。
ある日突然、肝臓が悲鳴を上げ、入院を余儀なくされました。
(もちろん洋は見舞いに行き、「ほら、落ち着きなさい」と笑って言いました。)
【結び】
ストイックではなく、静かな丁寧さ
洋
急ぐことは確かに多くの用事を片づけます。
しかしその早さは、時間そのものを粗く消費する行為でもあります。
一方、兼好法師が説く「時間を大切にする心」は、西洋的な効率性ではなく、
一期一会や侘び寂びのように、今この瞬間の質と向き合う姿勢です。
ゆっくりと味わう時間は成果こそ少なく見えても、経験の厚みや内省の深さを育ててくれます。
すべてを侘び寂びで生きるのは難しいものですが、
時には、待っている数分や、ゆっくり流れる道路の中でさえも、
その穏やかな流れに身を委ねて、
人生を豊かにする『わびさびの間』として受け入れてみてはいかがでしょうか。




