MURANAKAさんを知るもう一人の女性 k さんがいた。

kさんは『生きていても仕方がない』
と周囲に言ってそのように生きていても5年が経っていた。

一方で、5年はプロとして立っていると信じて、そのために生きたMURANAKAさん。

さて、運命は決まっているとしたら、kさんもMURANAKAさんも、どう思おうと結果的に5年後は決まっていることになってしまいます。

未来は運命だから変えられないのでしょうか?
続きを見ていきましょう。

[2人の対比]

MURANAKAさんは5年後という旅路を見据えて練習し、食事を意識し、休みを取りました。

k さんはなんとなく動画を観たりして時間を消化していました。でも5年は経ってしまいます。

[意思や思考も因果律]

宿命論なら「何をしても結末は変わらない」と考えます。

一方で、決定論で言うと、そう考えてそう行動したから、その結果になる。といえます。
(すべての事象は『原因と結果の連鎖』によって決まっているという考え方)

決定論で言えば、「どう思おうと結果は同じではない」のです。
どう思うかで5年後の結果を作り出す部品になっているのです。

MURANAKAさんの5年後にプロになっているという考え方も、それまでの人生が生み出した思考なのかもしれません。
『5年後にそこに到達する世界だったから、その途中に「5年後にそこに立っている」と信じるMURANAKAさんがいた』

一方でk さんの生きていても仕方のない、と考えたことも過去の因果かもしれません。
それが結果的に何もしない5年間の結果を引き起こしました。

[では何もかも思い通りになるか?]

我々は未来はわからない、もし明日の結果が決まっていたとしても、今日考える、それが未来を形作る。

つまり未来が決まっているから努力は無駄にはならない、とも言えます。

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k さん『人生そんなにうまくいくことはない』
と言います。
そう、k さんも以前は努力したことがある、でも挫折してしまった。

そして運命の日
MURANAKAさんはレース中、他車の接触が原因で事故になり、引退を余儀なくされる。

k さんは、MURANAKAさんを気の毒に思いつつも、『やっぱり!人生は思う通りにならないじゃないか!運命は残酷じゃないか!』と思いました。

御代ちゃん達は入院しているMURANAKAコーチに会いに行きます。
御代
「先生が優勝できたかもしれなかったのに」
「事故がなければ……」
「悔しいっ」

MURANAKA
「生きてたことが儲けものよ」

「………」

その夜
『ワタシの5年後……』

MURANAKAさんは、次の5年後にまた自転車に乗る!と誓いました。

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その後、kさんはなんとなく動画を観たりしながら、特に先のことを決められないまま毎日を過ごしてしまいました。それでも5年という時間は流れていきます。
それが、新しい方向をなかなか選べない5年間につながったのかもしれません。

そして、MURANAKAさんは?
まあ、その後いろいろありまして。
少し変わってるけど頼りがいのある学者と出会い、チビもできて、今は幸せに暮らしています。
それはまた、別のお話。

#決定論 #宿命論 #因果律 #人生観 #5年後の自分