
以前の72日目で『90%は消える』という話をしました。
イッシンは、ふと思います。
漫画の世界では、コミックス化するだけでも実は凄いこと。しかし、そのほとんどは初版だけで消えていったり絶版になったりして、現在も存在し続けているのは、ほんの極わずかです。
では、映画はどうでしょう?
毎年製作される膨大な作品のなかで、やはり生き残っているのは少数なのでしょうか?
映画マニアの捨次さんに聞いてみました。
捨次
「映画もかなり強烈な生存競争のある世界だよ。面白いのは、公開時のヒットが必ずしも『後世に残る映画』にはならないってことなんだ!」
「有名な『ブレードランナー』(1982)も、公開当初は興行的に苦戦し、評価も割れていた。
『遊星からの物体X』(1982)も、当時は厳しい評価を受けたんだ。
それが今では名作扱いだろ?」
イッシンは驚きました。
「へぇ~、あんな名作映画が、最初はヒットしなかったんだ!」
捨次
「昔の映画、たとえば1970年より以前の作品で、君の記憶にのこっているものは何かね?」
イッシン
「うーん、ボクが好きなのは『2001年宇宙の旅』(1968)と、『大脱走』(1963)、それに『続夕陽のガンマン』(1966)かな」
捨次
「まだまだあるぞ!『風と共に去りぬ』(1939)、『市民ケーン』(1941)、『カサブランカ』(1942)、『12人の怒れる男』(1957)、『ベン・ハー』(1959)、『サイコ』(1960)……これでもほんの一部だけれどね」
イッシン
「昔の映画って、けっこうたくさん生き残ってますね!」
捨次
「そう思うだろ? でも、それは錯覚なんだよ」
イッシン
「えっ! どういう意味なんですか?」
捨次
「ちなみに2024年だけでも、世界では約9600本もの長編映画が作られているんだ」
[第二部 記憶にある映画は怪物級]
捨次
「いわゆる『駄作』とか言われてけなされる映画もあるけれど、実は駄作と名前を挙げられるだけでも、選りすぐられたエリート映画なんだよ」
イッシン
「えっ?それはどういうことなのですか?」
捨次
「駄作として名前を挙げてもらえるだけ、まだ記憶に残っているんだよ。
その陰には、駄作とさえ呼ばれず、名前そのものまで忘れられた映画が無数にある」
イッシン
「駄作と言われることすらなく、ですか!?」
捨次
「さらに厳しい現実として、映画は翌年も作られ続ける。似たような映画は比較され、時間とともに切り落とされていく物もあるんだ。
新しい映画も、古い映画も、我々観客の前では『同じ土俵』に立っている。
言ってみれば、歴代の横綱が引退せず、ずっと土俵に残っているようなものだね」
イッシン
「そうだったんですね……凄まじい映画の生き残りの世界。何十年も前の横綱が土俵から降りてくれないんだ(笑)。新入りは過酷ですね」
捨次
「笑っちゃうよね。我々がネットの配信で映画を探そうと思ったら、『2001年宇宙の旅』(1968)も『エイリアン』(1979)も『アギーレ/神の怒り』(1972)も、今日の新作と全く同じ画面に並んでいるんだから」
[追記]
【先入観を切る】
以前は、単純に。
名作と褒められる作品=「勝ち」
駄作と言われる作品=「負け」
くらいに一括りにしていました。
でも今回のことを考えているうちに、
「えっ!? 駄作と言われること自体、実は凄いことなんじゃないか?」
という、逆説のようなことに気が付きました。😁
なぜなら、本当に忘れ去られた映画は「駄作」とさえ呼んでもらえないからです。
たとえば『2300年未来への旅』(1976)。
以前のボクは、一部の厳しい批評を読んだことで、なんとなく「失敗作なのかな?」という先入観を持っていました。
ところが、そんな他人のフィルターをいったん外して自分の目で観てみると――
「なんだこれは。もの凄く面白いじゃないか!」
今では、ボクにとって革新的な名作中の名作です。
この映画は50年後の今なお議論されている。
この映画は、まだ土俵から降りていないのだ。
【観る人が追いついた】
イッシンは過去に、公開初日に勢いで観た『○○○○姫』(1997)という映画がありました。
しかし、そのときは特に感じるものもなく、すっかり忘れてしまっていたのです。
そして最近、久しぶりに機会があって再びその映画を観て、驚きました。
「あの時に観た映画と全然違う!」
そこでイッシンは気がついたのです。
この映画は公開時ではなくて……30年目の今こそが、出会うべき映画だったのキャッ!と。😢






