
人に嫌われて、気持ちのいい人はいませんよね。
ですが、アドラー心理学をはじめとする多くの心理学者や、あの「お釈迦様」でさえも意見が一致していることがあります。それは、「生きていくうえで、誰からも嫌われないことは不可能である」ということです。(ここにはとても深い理由があるのですが、長くなるのでまた別の機会にできればお話しします。)
ここから先は、アドラーも言わなかった「ボクの経験から気づいたこと」をお話しします。
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一昔前、ボクがまだもう少し若かった頃、都市ガスの工事の仕事をしていました。 そのとき、親方(社長)からよくこんな言葉で罵倒されたものです。
「だからあんたは嫌われるんだ」 「どこに行っても嫌われるぞ」
当時はそれが少しトラウマになってしまいました……。 もちろん、自分から進んで嫌われようと思っているわけではありません。一応、相手のことをそれなりに考えて生きているつもりです。
それでも、人間関係にはすれ違いがつきものです。 時には「あの人、ボクを嫌っているんじゃないか」と感じたり、逆に「相手が、ボクから嫌われている」と思っていたり。お互いに誤解してしまうことは大いにあり得ます。
そして、文字通り本当に嫌われていたこともしばしばありました(笑)。
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ただ、今振り返ると、「嫌う・嫌われる」というのは、まだマシなほうかもしれません。 なぜなら、感情のステージにはその上に「憎しみ」があるからです。
実は正直に言うと、ボクのこれまでの人生の中で、「殺したいほど憎い」と思った人が3人ほどいます。 だからといって、本当にそんなことができるかといえば、急に恐ろしさが湧いてきて絶対にできません。
そして、そんな強い「憎しみ」であっても、一生そのまま持ち続けられるかというと、そんな人はめったにいないのではないでしょうか。
現にボク自身、あれほど憎かった相手のことを、数年、十年経った今振り返ると、不思議なことに「懐かしい」とさえ感じているのです。
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とはいえ、もう憎んではいないからといって、今どこかでバッタリ再会して「久しぶり!」といきなり仲良くなれるかというと、それはやっぱり無理です(笑)。
そんなときは、表面上はおそらく「無愛想」な態度になってしまうと思います。 でもそれは、相手が嫌いだから怒っているわけではありません。
憎しみが消え、懐かしさが残り、でも距離感はちゃんと保つ。
こういう心の変化って、なんとなく分かっていただけるでしょうか。
【今回のまとめ】
- 嫌われてしまう ➔ 比較的よくあること
- 激しく憎まれる ➔ 滅多にない、すごく稀なこと
- 一生憎まれ続ける ➔ ゼロに近いこと
誰かに嫌われることを恐れすぎる必要はありません。人の心は、良くも悪くも同じ強い感情をキープし続けられないようにできているのですから。
皆さんは、過去にぶつかった人との今の距離感、どうお考えになりますか?





