第12話
料理はイタリアンがメインで提供され、洋はそのソースやスパイスが非常に上質であることに驚いた。
「大分県産の本物のサフランを使用していますよ。」
「こんなものは、普通の庶民が一生に一度食べられるかどうかでしょうね。」
(美味しい!これは田中君が働いて稼いだお金で作られていると思うと、感謝して食べないといけないな!)
その時、ましろは影からちらりと様子をうかがっていた。もちろん、洋とシズ子の様子を見ていた。

シズ子の同居の提案を受けて、洋は娘の『音』のことを思い出す。
娘の『音』は見た目は20歳だが、遺伝の関係で実際は40歳。
洋は40に見えるが、実際は60歳だ。
洋は思った。
「10年も留守にしていた僕が言うのも変だが、いなくなったらきっと寂しいだろうな。」
音に報告してから決めないと、後で怒られるだろうし、きっとしがみついて止められるだろう。
「僕がいなくなったら寂しいだろうと想像する。」
(そう思い込んでいる)
シズ子さんは、洋が黙っているので「かわいい娘さんのことですね」と尋ねた。
洋は答えた。「いや、何せ僕がいないと飯も作れませんからね。」
ここで30年前の思い出が蘇る……
洋が言った。「今日はお父さんが料理をするぞ。」
音は「わーい」と喜んだ。
洋は「さあ、完成だ!うまいぞー」
音は「いただきまーす」「パパ、うまいっすよ!これ」
洋は「ハッハッハ、そうだろう」と笑った。
亜希(お母さん)は「このお肉、何のお肉なの?」と尋ねた。
洋は「それは食用蛆虫の加工肉さ」と答え、ビンに入れてあるものを見せた。
音は「ゲー」と言った。
あの頃は無邪気だったなあ……
シズ子は内心、なんとかして洋を娘から引き離したいと考えていた。
「ご心配はいりません!安心してくださいませ。」
「音さんには腕の良い家政婦をつけてあげますので、ご安心くださいませな。」
洋は「別にそこまで心配しなくても大丈夫ですよ。それより、何か理由がありますね。」と尋ねた。
少々ためらって、シズ子は1,2,3で打ち明けた。
最近、不審な影を感じていると語った。夜中に庭で物音がするとのこと。
「警察を呼ぶほどではありませんが、不安で眠れないのです。
洋さん、あなたのようなワイルドな知性と野生で培った体力のある方がついてくれると安心できるのです。」と語った。
なるほど
社長豪邸で居候も悪くないな、などと想像してニヤリとした。
その時、
紅茶を運んできた『例の家政婦』が手前で転んだため、放り出した紅茶が洋の頭から被った。
「ギャッ!熱い!」
「あら!!なんてことを!」
「洋さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ジャングルにも熱水噴出口はあったので、熱湯には慣れています。」
「地底から吹き出す熱湯でコーヒーを淹れていましたから、紅茶をかけられても平気です。」
「ごめんなさいです!」
ましろは雑巾のようなタオルで洋の頭や胸を拭き、「シャツも濡れてしまいました、脱いでください。」と言った。
あれ、なんてタフなお方でしょう!
シズ子は彼の胸を見て惚れ惚れして言う。
ましろはそんな彼に半ば呆れ、半ば感心したように見つめている。
洋は上着を脱ぎ、代わりのシャツが用意されているのを見て、ずいぶんと手回しがいいなと思った。
かなり高価そうなシャツだった。野生の洋も『華麗なるギャツビー』に見えた。
「とても似合っていますわ。良かったら使ってください。」
「このシャツの着心地、最高ですね。」
もともと与太者から買い取ったシャツを着ていたのに、アクシデントでずいぶんと貰い物をしてしまったな。
「まったくダメな娘でして!」
「江戸時代のからくり人形の方がよっぽどマシな仕事をしますわ。」
「まあまあ、僕なら平気ですので責めないでください。」
シズ子は電卓を取り出し、「ピッポッパ、あなた、これであと50年は死ねないわよ!」と言った。
「えっ、なんで?」
「それだけ損失が大きいのよ。」
「ハッ!」
洋の前で、ついついヒステリックが出てしまったシズ子さんは少し気まずさを感じて、おとなしくなった。
洋が氷嚢を頭に当てて聞いた。「あの召使は?」
「いや、なんでも紛争地帯での軍事経験があるとのことだったので雇ったのですが、
どうにもそそっかしい娘でして、しょっちゅう焦って食器を壊すのです。」
洋は「もしかして、腕の良い家政婦ってあの娘ですか?」と尋ねた。
シズ子は「まさか!」と笑って言った。
両手をパンパンと叩いて、声をかけた。「ジャニス、ここへ!」
バキンッ、ボキンッと、まるで乾いた骨が折れるような音が響いた。
現れた女性は、ジャングル経験のある洋でさえビクッとなるほどの風格があった。
ましろと違い、訓練用の運動衣を着用していた。
ニヤッと笑うと黒い歯がのぞいた。
シズ子
「彼女の身体能力はA級クラスで、筋力、耐久値、物理的負荷も標準値を超え、
視認応答、視覚反応にも優れ、火器の扱いにも心得ていますのよ」と自慢する。
「彼女を娘さんのパートナーにとご用意しましたの。」
ジャニスは「毎日こってりと可愛がってあげるわよ」と言った。

洋は思った。「こんなのをつけたら大変なことになる!かわいそうだから。」
「シズ子さん、一つ提案なのですが、音のパートナーは先ほどの『家政婦』にしていただけませんか?」
シズ子は
「『ましろ』のことですか?どうしてなんですの?どうしてジャニスではダメなの、
どうして『ましろ』なんかがいいのですか?」と尋ねた。
シズ子さんは純粋にジャニスを強く勧めたがっていたようだ。
おそらく会社の皆がシズ子さんを恐れるのは、こういうところだろう。
「僕の目を信じてください。
ジャニスより『ましろ』の方が適任です。きっと気も通じ合うと思うんですよ。」
「あなたがそういうなら…わかりましたわ!音さんのお世話役に『ましろ』を使わせましょう。」
洋はホッとした。ジャニスが音に仕えたら必ず一騒動起きるだろうから、
そう、結果的にジャニスが悲惨な目に遭うのを助けることができたのだ。
「では、今日にでも娘には相談してみましょう!
場合によってはお断りする可能性もありますので、その時はご了承願います。」
「ええ!承知いたしました。後はあなたの意思に任せますわ。」
ジャニスは残念そうだったが、建物の奥へ入って行った。
(この建物には何があるのだろうか?)
甘いはずの紅茶の香りが、なぜか金属のように冷たく感じた。
『ゲームをするつもりはなかったが、ゲームの開始は告げられたように聞こえた。』
[その頃 ゴキブリエキスパート社]
カツカツ、コツコツと、暗い廊下に二人の足音だけが響いている。
生活安全部生活環境課のヨシノリ刑事と田中、場所は地下倉庫。
「ここです」と田中が言った。
「おお!これはすごい」とヨシノリが驚く。
倉庫にはたくさんの昆虫ゲージが積まれてあった。
ゴキブリをはじめ、シロアリ、蜂、ネズミまであらゆる害虫が収められている。
ヨシノリ「おたくの会社では生きたまま捕獲する方針らしいね」と言った。
ヨシノリ刑事は見たところ40代、中背で短髪、鼻にナイフ傷がある。
何も寄せ付けない印象があったが、虫には興味があるようで、感激すると少年のような一面も見せた。
田中くん
「ハイッ、当社は他の回収業者と違って極力殺虫剤を使いません。
危険が少なければむやみに撤去も行わない方針です。」と説明した。
「確かに他の業者とは違うね。」
ヨシノリは横目で田中を睨み、質問する。
「これらの虫たちが、研究用や標本として引き取られたり、またはペットの餌として利用しているのだと?」
田中は「そうです。だから無駄がないんですよ。」と答えた。
「過去に捕獲した生き物のリストはあるかね?」
「ええ、ご覧になりますか?」
虫の収穫リストは業務成績とも言えるものなので、記録に残してあるが、これを見てどうしようというのだろうか?
「警察官からの要求であれば提示はできますが、一応会社の極秘情報ですので、取り扱いにはご注意願います。」
「どなたであろうと等しく疑うのが癖でしてね、きな臭いと感じたものはシーツのシワでも調べさせてもらいますよ。」
田中はパソコンから出力した日報の記録を用意して、ヨシノリ刑事に見せた。
「2024年10月〇〇日、大きなベッコウバチ」と書かれていた。
「大きなベッコウバチとはなんですか?あいまいな表現ですねぇ。」
「いや、何でも日本によくいるベッコウバチだとかで特別サイズが大きかったんですよ。」
「ふーむ、それでこの蜂は今どこにございますか、よろしければ見せてほしいのです。」
「特別サイズが大きいので研究資料として提供しました。」
「今どこにあるんですか?構わなければ教えてください。」
ヨシノリ刑事は二三資料を拝見すると、興味深い名前の蜂が見つかり、思わぬ収穫に満足した。
「ご協力いただき、ありがとうございます。
何か気がついたことがありましたら、いつでもご連絡ください。」
そう言ってヨシノリ刑事は『ゴキスパ社』を後にした。
[続く]