第6話
矢波ラボラトリー
伝達事項
今日は、早朝からチーフの伝達があるため、全員が集められました。
さて、皆さんもご存知かもしれませんが、さいたま市で有名な『佐藤昆虫植物園』の館長がギアナ高地で失踪した件についてお知らせします。
すでに、ベネズエラ政府による公式捜査は打ち切られ、保険による捜索も現在では終了したようです。
ミエちゃん
「佐藤館長には何かきな臭い噂もあったみたいよ」ヒソヒソ
生存の可能性は低いと考えられています。そのため、親族による捜索活動が続けられていますが、最悪の事態に備えて遺体の発見も視野に入れた捜索となっています。
そして、この度、我が研究所にもその話が回ってきました。
どういうことかと言うと、当研究所から2名ほどジャングル捜索隊に参加してもらいます。
『ハイハーイ!』
今日は早朝から真面目に出席して、うつらうつらしていた歌川が、ここにきて威勢よく目が覚めます。
うむ、歌川は決まりか。他に誰かいませんか?『シーーーーン』いないようですね、無理もありません。
ミエちゃん
「歌川さん、勇気あるわねー」
三滝
「ジャングル経験あるんですか?」
などとみんなから聞かれましたが、経験などあるわけがありません。ただ、楽しそうだったからそれだけです。
ただ、歌川は現地のネイティブアメリカンの言葉が分かるとのこと、なぜか幼少期に父から覚え込まされたそうです。
すごい特技ですが、局所的な役にしか立たない特技です。
チーフ
「そして、あともう2人は虫捕獲のプロということで『エキスパートから2人選ばれます』」
その4名が今回の探索に参加する予定人数となります。
(随分と低予算の人員配備ですが、ツッコミはなしでお願いしますよ。)
チーフより
ゴキブリエキスパート社
そして、こちらでも同じ日に社長(女性)から発表がありました。
エキスパート社は結局のところ世襲制なので、前社長の娘だったシズ子さんが現在の社長を務めています。
一人は言うまでもなく田中隊長が指名され、まあ個人の 選択の権利など無いのですが。
シズ子さん
『田中くん、喜べ、ラボからは歌川さんが参加するぞ。』
もちろん嬉しくないわけではないですが。
そしてもう1人は田中に次いでベテランだったシンジが宣告されましたが、そこには給料の前借りという、彼なりの足かせがあったようです。
詳しくは知らないが「白井金融」というところに借金があるようだ。
「頑張れよー」「生きて帰れよー」と、皆から声援が送られます。
もし死んだらまず会社に化けて出るでしょう。
田中宅の夜
その夜、田中宅では、雪江さんにジャングル探索に選ばれたことを伝えます。
えっ、ジャングル探索ですか!?
期間は約20日ほどだよ、ちゃんと、安全管理の行き届いたシアーだから、心配はいりません!
ふ~ん、普段とは違う難しい顔をする雪江。他のメンバーはどなたですか?
エキスパート社からはシンジだよ。
それ以外は?
矢波ラボラトリーから2人参加するんだ。
『1人は歌川さんだよ。』
『私もいきますっ』急に雪江がそう言い出しました。
「いや、行くったってこれは旅行じゃないんだから。」
「お金なら心配いりません、自分の貯金があります。」
「ジャングルは考えているほど楽なところじゃないんだぜ、毒虫だけじゃなく、ヘビもいればワニもいる。
ネコ科の動物マーゲイやオセロットなどの猛獣もいるんだぞ!」
「私はネコが好きよ。」
ネコ科と聞いて可愛い動物を想像しているようでした。
とにかくダメなものはダメ、素人が、ましてや女性は危険すぎます。
雪江が床に大の字になってダダをこね始めました。
「いやだ〜私も行く、歌川さんだって女性じゃないか〜ダメならあんたも行くな〜もうご飯も作らない〜」
雪江の今までにないワガママでした。子供みたいにダダをこねるなんて初めてのことです。
「とりあえず飯を食わせてくれ。」
分かったよ、明日矢波所長に聞いてみるから、その決定に従うことだぞ。
「お願いねっ!」と言いながら夕食の支度をする雪江。
ご飯を食べるコウイチ、きっと歌川も行くので、自分と2人の時を危惧しているのかもしれません。
しかし、この考えはまったくの外れではありませんが当たりでもありませんでした。
田中も知らない雪江の本質にある「死に場所を求める」という傾向がこの時強く表れていたのです。
雪江自身も意識していなかった潜在的な衝動と言えるでしょう。
翌日 矢波ラボラトリー
ラボに連絡した田中はカクカクシカジカ、雪江が付いてきたいとのことですが、そりゃあ無理ってもんですよね、ねえ、やっぱり。
矢波所長は「ふむふむ、分かりました。私の方で研究所員の参加として、うまく処理しておきましょう。」と言いました。
「費用の心配はいりません、余生を楽しんでください。」
田中「ありがとうございました。」
行ってもいいことになったようですが、心配事が増えて頭が痛んだので、アスピリンを少し飲みました。
そういうわけで、10月○○日、成田から欧州経由、カラカスまで約42時間、そこから国内便で1時間、さらにセスナ機でカナイマ国立公園に到着というルートとなります。
現地ではペモン族のガイドが1人ついてくれるとのこと。
とにかく出発まで事前準備と、ジャングルでの注意事項についてしっかり学んでおかねばなりません。
白井邸の夜
勇次の部屋で、お互い正座をして対峙します。
お前もすでに知っていると思うが、私の友人だった『佐藤館長』がジャングルで行方不明になっている。
まこ
「そのようですね。」
そこで、私自身も一度現地に行ってみるつもりだ。
まこ
『実はそのことで、私の方からもジャストでタイムリーな報告があります。』
「何だと?」
実は聞いたところによると、今回の民間の捜索隊は『エキスパート』から例の男「田中」と他1名、それに『研究所』からはあの歌川が、そして雪江自身も参加するとのことです。
「何、何で雪江さんが参加するんだ。ただの民間人だろうが!お前、何で止めないの。」
私に言われたって困りますよ、ああ見えても彼女が言い出したことで、一度決めたら引かないんだから。
『困ったのう』
「雪江さん」が行くとなると話が別です。今の店はまこがいなくても売り上げは落ちないが、雪江さんを失えば確実に売り上げは落ちる。
よし、こうなったら、私は奴らより少し遅れて追従するような工程にしよう。
おいっ、お前は奴らの出発日が分かったら教えてくれよ。それから、うちらのことは極秘の計画だからな。
「承知しました。」
下がっていいぞ。
そうして次に勇次は携帯で清水に連絡を取った『緊急連絡、すぐに来い。』
勇次の側近の中でも鍛え抜かれた精鋭の一人、それが清水です。彼らはいつ何時、何をしていても、会長の連絡には絶対でした。
『ただいま参りました』
カチリ、9分56秒、10秒の更新です。
「実はベネズエラのジャングルへ行く予定なのだ、私のお供をしてくれ。」
ジャ、ジャングル、それを言うために。
あの、すみません。それならもっと他にふさわしい方がおられるかと存じますが…清水は虫が大の苦手です。
勇次
「もちろんダメなら気にせんでもいいぞ。断るのは当然の権利だからね。」
「ただし、来年からの就職探しは考えておいたほうがいいだろうな。」
清水は、妻とまだ3つの三つ子を思うと、泣いて決断しました。
『承知いたしました』
そうかそうか!お前がいてくれれば安心だ。
パンパン
勇次が手を叩くと障子が開き、料理と酒が運び込まれました。さらに、勇次よりすぐりのコンパニオンが3名も。
今夜は前祝いだ!
清水は本来、騒々しいのは好きではなかったが、コンパニオンに進められるまま飲まされました。
勇次
『ここまでやれば清水のやつも、もう断ることはないだろう。』
清水が自宅に戻ると、妻が「あなたどうしたの、こんなに酔うなんて。何かあったのですか?」と尋ねます。
「俺にもしものことがあったら、倅を頼んだぞ。」
いったい何が起ころうとしているのか、不穏な空気に包まれる母と息子でした。
そして、出発の日がやってきました。
10月○○日、曜日、成田空港。
読者の中には、雪江のメダカと金魚はどうするの?という疑問を持った方がいるかもしれません。
余談になりますが、説明いたしますと、水槽には上部循環型フィルターがついており、水は当分の間なら交換の心配がなく、餌も『自動給餌くん』を設置したことで約一ヶ月は放置しておいても大丈夫です。
成田空港は旅行者やビジネス客で賑わっており、出発を待つ人々の期待が空気中に満ちていました。
「2人で海外に行くのは初めてね。」
ああ。しかし最初で最後にならなければいいね。
そろそろ来るころだが、あっ、来た来た。
矢波チーフと歌川さんが、今やって来ました。
歌川さん
『おはよう皆さん!』
チーフ
『歌川が、いつもお世話になってます。』
まるで娘を見送る父親のようです。
いいえ、いつもお世話になっているのはこちらの方です。
そんなつまらないやりとりの最中、歌川さんの関心は雪江さんに向かっていました。
『アレッ蜂の精霊さん』
今日はどうしてこちらに?雪江の手を握り、ギュッ。
なんとなく悟ったのか、否定しない雪江だった。
チーフ
『この方は田中雪江さん、田中さんの奥さんですよ。』
歌川はしばし考えて、『蜂の精霊さんと結婚した?』
ウマイことやったなヤロー。
チーフ
「それいつまでやるつもりですか?雪江さんは精霊ではありませんよ。」ここにきてようやく合点がついたと思われる歌川。
皆もようやくホッとしました。
チーフともお別れして、手続きを済ませ、いよいよ搭乗ゲートに向かいます。
「以前の出来事を経て、歌川と雪江はすでに親しい間柄になっていた。
田中は二人の意外なほどの仲の良さに、少し寂しさを感じた。
シンジは察してくれ、そう言って彼の胸に手を入れます。
バシッ!田中の手を引っ叩く「やめてください、僕は女役じゃありません。」
そんな冗談をしながらも、いよいよ飛行機が滑走路を滑り出し、やがて空へと舞い上がりました。
第六話 終わり