【第27話:卑しのミュラ】

[壁の傷:ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻⅰⅱⅲⅳⅴⅵ ⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻ ⅰ ⅱ ⅲ ⅳⅵⅴⅵ ⅶ]

  1. 卑しげなソプラノ

カエルたちが祝福し、草の香りが漂う中。

雨が降り始めると、実は恐ろしいけれど。

あなたが私を焼き付けてくれたその瞬間。

私たちの秘密の歌を共に歌う。

湿った太陽の下で――。

路地裏に、不気味なほど通るソプラノの歌声が響いた。

「その歌、どこで覚えたの?」 

マミが目を丸くする。

「知らん」

「そういえば……どうしてなんだろう? アタシ、歌なんて歌ったことなかったのにぃ」

ミュラ自身も、自分の喉から出た声に首を傾げている。

「へえ、いい声じゃない」

通りすがりの人が足を止め、チャリンとおひねりが飛んだ。

「ワォ! 後で拾えよ!」

「ハハハ」

ワンッ! とガスが吠えた、次の瞬間だった。

『ドスンッ!』

おひねりに続いて、黒光りする金属の塊が、2人の目の前に隕石のように突き刺さった。アスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れる。

「げっ! 何これ?!」

「ごめんごめん、つい手が滑っちまった」

見上げると、石積みの高い位置に「その女」は傲然(ごうぜん)と立っていた。

流れるような赤髪の毛先は不気味な紫色に変わり、頭上には小さな悪魔の角が覗いている。汗ばんだ肌に張り付く黒いスポーツブラの奥で、くっきりと割れた腹筋が呼吸に合わせて動いていた。

女は地面にめり込んだ『40G』と刻まれた重苦しい金属球の鎖を、片手で軽く引き抜く。サングラスの奥の視線は読めない。

「アタシを探していたんでしょ」

「あっ! も、もしかしたら……」

マミが息を呑む。

なんとなくこの感覚は……奴か?(シズコ邸に行ったのではなかったの?)

「次に会ったときは絶対に容赦しないから!」かつてミュラが再戦に燃えた仇が、向こうから突然現れたのだ。

赤い人は砂浜へ降り立ち、背中を向けたまま軽く振り返り、サングラスを少しだけずらした。

金色の瞳が、縦に割れて光るのが見えた。

彼女の周囲には、渦巻く白いエネルギーか魔法のようなものが放たれており、無言で歩き出す。

ミュラとマミは顔を見合わせ、腰の力が抜けるのを感じながらも、抗いがたい引力でその後ろ姿に引き寄せられていった。

「クゥ~ン」ガスが情けなく鳴いた。

  1. 地下牢のティータイム

連れて行かれたのは、湿った地下牢(石室)だった。

天井から滴る水滴が粗い石床を叩く音だけが響く。仄暗い壁の奥、なぜか場違いなデジタル時計が『15:00』という無機質な数字を赤く刻んでいた。

「ぐぅ~」

静寂の中、ミュラのお腹が鳴った。

(あっ! バカ、なによこんな時に)

チラッと女を見た。

「ふふふ………恥ずかしがることはないよ」

マリンがダマスカスナイフを取り出した。

「あっ!」

仄暗いはずの室内で、波打つような刃の紋様が不気味な存在感を放つ。だが、その刃が切り裂いたのは人肉ではなく、甘い香りを放つ塊だった。

切り分けられたシュトーレンが二人の前に置かれる。

「アタシは宝鐘マリン」

「……もちろん、よく存じ上げています」

マミが、辛抱を重ねてきた人間が奮い立つように応えた。

マリンはシュトーレンを一口入れ、目を閉じて、まるで優れた曲を聴いているような顔をした。

(美味しそう…)ゴクリ。

ミュラとマミも恐る恐るそれに続いた。

「うまい……」

ハッ! と二人は顔を見合わせた。

「そう、当たり。気がついたようね。あの女(シズコ)のお菓子よ」

(勝ったのか………)

ミュラは震えた。負けたら、彼女がここでお菓子を食べているはずがない。怪物だ。

(この人の角は? アタイと同じ悪魔族なのか。でも尻尾はない……)

「アタシは魔神の娘よ。この角は正真正銘、生まれつきのものなんだから」

「もしかして…魔神さまはアタイの考えてることがわかるの?」

「ふふふ………だいたい人が考えそうなことはわかるだけよ。あんたたち、力が無くなった理由を知りたいんでしょ」

「!!」

「そしてアタシが奪ったと思ってるんだよね?」

「そうとしか思えない…」ミュラが観念したように応えた。

「あんた達の力は、『あの女』に取られたのよ」

「えっ…!?」

「ところで、さっきの歌声よかったわよ」

「アタシは歌など歌わぬ!」

「いいえ、間違いなく歌ったのよ」

「……確かに歌った」マミも頷く。

「世の中には無数の声はあっても、あなたの『卑しい声』は誰にも真似できない。あなた、見た目もそこそこなんだし、アイドルも夢じゃないよ」

 

(卑しいってなんだ…)

「それ、ホントなの?」

アイドル! そう聞いて、ミュラだって女だ。心が動かぬはずはない。

だが、ミュラの返答はこうだった。

「アタイは力さえあればいい。力を取り戻したい! あなた、シズコに勝つ方法はあるの? 教えて!」

「そう……。それもあなたの選択のようでいて、実は決まっていた未来かもしれないわね。マミはどうなのよ?」

「ワタシは今のままでいいわよ。マミねいちゃんを待っててくれるお客さんがいるからね」

「いい判断ね。……じゃあミュラには、教えてあげる」

「お、お願いします!」

  1. 攻略法

数日後。

「シズコさま、ミュラが戻ってきましたがいかがなされますか?」

「なに!? 通してあげなさい」

ドンの屋敷、2階の一番奥。ここはまるで空気まで彼女の一部のようだ。

「フフ、退職金の話かしら?」

「とんでもない。チカラの無くなったこのゴクツブシ、シズコさまの目障りにならぬよう、黙って去らせていただきます」

「遠慮しなくてもいいのよ。hiroshiも気にかけていたのです」

「お気持ちはありがたくいただきます。そのかわりと言ってはなんですが、最後にシズコさんのお菓子をいただきたいのです」

シズコの顔に、ぱっと赤みが差したように見えた気がした。

「そうね、いいわよ。長年あなたのパンチで楽しませてもらったお礼だもの」

「ありがとうございます。さらにお願いなのですが、『ナンバー52』でチャレンジさせてください」

シズコの顔に瞬間、やや戸惑いがよぎる。だがすぐに冷静に言った。

「残念ですが、それは無理ね」

「どうしてなんですか?」

「あなたには無理よ」

「どんなことになっても大丈夫です。お願いします!」

(なぜ、そこまで……?)

シズコは冷たく微笑んだ。

「いいでしょう、受けてみなさい」

(よしっ! ๑•̀ㅂ•́)و✧)

マリンの言葉を思い出し、ミュラは内心で(これさえ覚えておれば間違いない!)とほくそ笑んでいた。

だが、現実のシズコが目の前に用意したお菓子は――ハートのACE「パフェ」、スペードのACE「最中」、そして見たこともない「ルークチュップ」だった。

「……っ!」

対応表が違う。マリンに教えられたものと、まったく違う。

ミュラの額を、冷たい汗が伝った。

「ルールは言うまでもないわよね。さあ、しっかり覚えて召し上がってくださいね」

その夜。

ミュラが残した30個のお菓子を、和装剣士の「ミク」が必死で召し上がることになったことを付け加えておこう。

 

【27話 終わり】

  • 現在のレベル:加重 80kg 到達(max)/持続時間 15分到達(max) 完了まで後5カ月間、修行の継続と知られないことを維持する。