[壁の傷:ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻⅰⅱⅲⅳⅴⅵ ⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻ ⅰ]

1. 分岐点a:『置き去り』の章 ― 忘却への逃走

マミが「砂漠、青い光……」と虚空に囁いた朝。 マリンは石畳に跪き、見えぬ何かに深く頭を下げた。だが、その感謝さえ、日々増大する「物理的な質量」の前ではあまりに脆かった。

「見世物でもいい。待ってる人がいるのなら」 配信で清々しい笑顔を振りまく裏で、彼女の心は摩耗しきっていた。石室に一人残されたマミが、勝手にパピルスを動かし、懐かしい絶望に指先を焼きながら鉄球を繋いでいることさえ、もはや彼女の意識には届かない。

結局、マリンはマミをスカイタワーへと連れ出し、その手を放した。 「すぐ戻るからね」 嘘を吐き、閉まりゆくエレベーターへ駆け込む。鏡に映った自分の瞳には、もはや偶像(アイドル)の光は微塵も残っていなかった。

一人きりに戻った石室。罪悪感を鉄球で踏み潰そうとするが、意識が世界と溶け合う「14分」の壁は、無情なタイマーによって拒絶された。

チセイは、崩れ落ちた人間を見下ろし、退屈そうに指を弾く。 「終わったか。……だが、上出来だよ。君のような『凡人』にしてはね」

  • 60kg / 14分(未到達)―『置き去り』終

2. 分岐点b:『死別』の章 ― 犠牲の称号(Apis)

石室の扉を開けた瞬間、マリンの手からビニール袋が滑り落ち、空虚な音を立てた。 返事はない。冷たい静寂の中に横たわっていたのは、物言わぬ肉の塊へと成り果てたマミだった。

「冗談はやめてよ……っ!」 触れた肩は、冷え切った石畳と同じ温度。叫び、喚き、それでも戻らぬ命を糧にして、マリンは「手順」の深淵へと飛び込んだ。

10分を超え、12分で意識の輪郭が世界へと溶け出し、14分で奇跡が視覚化される。 そして――15分。そこにあるのは、耳が痛くなるほどの、絶対的な無音。

パピルスに浮かび上がった称号は、『Apis(聖なる生贄)』。 裂けた二枚舌を震わせ、彼女は「女王ってわけ。悪くないじゃない」と不敵に歪んだ。 チセイは闇の奥で、かつてないほど崇高な笑みを浮かべた。 「聖なる犠牲(Apis)か。よく来たな、こちら側へ」

  • 60kg / 15分(完遂)―『死別』終

3. 分岐点c:『復活』の章 ― 深淵の真実(Abyss)

「……砂漠、青い光」 マミの呟き、そして石畳への祈り。配信で見せる偽りの余裕と、裏腹に激しさを増す野次。マリンが石室に戻った時、そこにあったのは、マミの「死」という名の完全なる静止だった。

「どんな闇だろうと、これより暗い空はないよ!」 狂おしいほどの叫びが、パピルスの手順と共鳴を始めた。 12分、時計の針が重く沈む。14分、足首を縛っていた鉄球が音もなく消失する。 そして、15分。世界の歯車が、ガチリと噛み合った。

パピルスに浮かび上がったのは、生きて蠢くような文字――『Abyss(深淵)』。 その瞬間、マリンは視た。魔法陣の前で汗をかく少年、鳥の面を被った男、そして孤独な砂漠の王。数千年の記憶が不協和音となって彼女の脳を満たす。

「行かないで、帰ってきて!!」

放たれた絶叫。光の粒が走り、目の前に一人の清らかな少年が立った。 少年は何も答えず、深淵を覗くような冷たい目で彼女を一瞥し、影へと消えた。入れ替わるように、マミが喘ぐように息を吹き返す。

「マミ……! 奇跡だわ……!」 マミの耳は、今や羽二重餅のように柔らかい。 その耳にカプリと噛みつき、蹴り飛ばされる痛みさえ愛おしい。マリンはあの少年を、自分の願いを聞き届けた「神様」だと信じて疑わなかった。

だが、石室を離れたチセイは、忌々しげに吐き捨てた。 「女王(Apis)としての覚醒を予感していたのだが。……君が掴んだのは『深淵(Abyss)』か。居心地が悪くなるな」

獲物が「神様への感謝」で流す涙を、魔術師はただ不快そうに、闇の中から見つめていた。

  • 60kg / 15分(完遂・Abyss)―『復活』終

 


タイトルに戻る