
第十五話:海の墓場
[壁の傷:ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻⅰⅱⅲⅳⅴⅶ ⅶ ⅷ ⅸⅹⅺ ]
1. 存在の壁打ち
「うー……、うー……」
ゴロッ、ゴロッ。
汗と時間が生み出した、鋼のように引き締まった足首。その中に食い込む使い古された鉄球が、漆黒の静寂の中で重く、低く響いていた。
意識が戻り、口の中に疼きを感じる。「私は何をしていたのか」と思い出すと、目の前には拘束された「誰か」がいて、すでにその目は輝きを失っていた。
もぐもぐ……。
ふと、手元の菓子を口に運ぶ。
もっちりとした黒糖の香りの生地。しっとりとした弾力。さっくりとした歯ざわり。舌の上で滑らかに広がり、喉を通り過ぎる感触。
それは「甘さ」という言葉では括れない、自分自身をこの世界に繋ぎ止めるための、切実な「壁打ち」だった。
『ごく……』
渋みが、現実に戻るリズムを刻む。
2. 消失の確信
裏世界のエージェント、S.M。彼女は無機質な指令室で、砂嵐の混じる記録(レコード)の解析を続けていた。
一瞬、ノイズと共に録画が途絶えた箇所。彼女は指先一つで、その時間を巻き戻した。
「……いた」
はるか数キロ先、上空からの高感度カメラが捉えた影。
レンズを凝視していたS.Mの背筋に、生理的な悪寒が走った。
「その女」は遠くからニヤリと舌を出し、私をじっと見つめながら笑った。完璧なカメラ目線だったが、その瞳には猟奇が宿っていた。
(M1号は、もう戻ってこない)
S.Mは確信した。あの「墓場」の底に飲み込まれたのだ。
(船長、ファンサービスは常に忘れないからね!……で、どこにいたんだろう?)
3. 秒針の沈黙
カウントダウンはあと十五日と八時間。現在60キロで、10分。
それは彼女の日常の一部となり、脈動は安定し、精神は深海へ沈んでいく。
しかし、この手順はさらにそれを超えさせようとしている。
(……ワタシだって、もっと輝きたいっ)
自分の中に閉じ込められた「普通の女の子」の最後の悲鳴が、スマホの向こう側ではなく、かすかに残っていた想いとして響いている。
彼女は、その声を六十キロの鉄球で押しつぶした。
一瞬の重心の崩壊。
(た、倒れるっ……! ああ、もう、終わり……)
その瞬間、あり得ないことが起き、世界が止まった。彼女の意志とは関係なく、石室の空気が粘度を持って彼女を支え直した。
チセイはそれを、冷徹に観察した。
「……これはサイコロではない。賭けていたんだ、ずっと前から。」
崩れ落ちた彼女の目に映ったのは、タイマーが示す[12分]という数字。
彼女は、また一歩、深淵へと足を踏み入れた。
4. 荒れ地の境界
日常から忘れ去られた、死の土地。
もし偶然に道に迷い、この場所に辿り着いた者がいたならば。
サングラスを掛け、手に重厚なバットを持ったスポーツウェアの女が、一人、荒野に立っている異様な光景を目にしたかもしれない。
残り、五日と三時間。
●現在のレベル:重り 60キロ(3段階目)/時間 12分(2段階目+2m)
【第十五話 終わり】