
【第13.5話】小人のパピルス(Interlude)
羨望の残り火
砂漠には、逃げ場のない夜が広がっている。
日中の灼熱が嘘のように冷え込み、王宮の影は黒々と、そして貪欲に長く伸びている。
その頃、タラオはまだ王ではなかった。
ただ、寝台に横たわり、何もせずに怠惰な未来を夢見る若者に過ぎなかった。
隣家から聞こえる、騒がしい歓喜の声。
「領主様からの贈り物だ」「なんて働き者のメイドだろう」
タラオは、わずかに目を開けた。
羨望。
くだらないほど卑小で、しかし決して消えない欲望が、彼の胸に深く、毒のように刺さっていた。
掌の上の使役者
その時、静寂を切り裂くような悲鳴が響いた。
「助けて……やめてくれ……っ!」
重い腰を上げ、隣家へ向かったタラオが目にしたのは、床に倒れ伏し、奇妙な身悶えを繰り返す主人だった。
苦痛に喘いでいるのではない。彼は、必死に「笑い」を堪えていた。
「……やめろ……笑わせないで……くれ……っ!」
主人の身体を、目にも止まらぬ速さで跳ね回る「何か」。
「そこよ、捕まえて!」
女将の叫びに合わせ、タラオの手が無意識に獲物を捕らえるように動いた。
ぱしり。
掌の中に、微かな温度と脈動が伝わる。
体長わずか七十ミリ。小さな、しかし完璧な人型。
その燃えるような双眸はタラオを真っ向から見据え、耳鳴りのような声で不気味に囁いた。
「命令しろ。私は、働くためにここにいる」
数千年の署名
「領主の策略だったのだ……。家事手伝いを望んだ結果、この恐ろしく優秀な小人が現れた……」
震える手で差し出された古びた羊皮紙。
そこには、この使役の「手順(プロシージャ)」が記されていた。
【使用方法について】
- 小人は精密に、かつ精力的に労働に従事する。
- いかなる指示も忠実にこなすが、指示がなければ一切動かない。
- 指示を誤った主人、あるいは過ちを犯した者には、小人が罰を与える。
- 罰の内容は──「執拗なまでの愛撫(くすぐり)」。
- 契約は解除不能。百年経っても、その労働は終わらない。
「紙を裏返せば、所有権を移せるというが……」
タラオが羊皮紙を裏返した瞬間、心臓が跳ねた。
そこには、この呪われた贈り物に魅了され、溺れていった歴代の主たちの署名が連なっていた。
その最も古い端。
掠れた墨文字の中に、ひとつだけ異質な存在感を放つ名があった。
──チセイ
その筆跡は、たった今書かれたばかりのように新しく、同時に数千年の埃と記憶の匂いがした。
百の鎖、百の労働
タラオは、瓶の中で無表情に笑う小人を見つめた。
それは、待っているのだ。
命令を。失敗を。そして、終わりのない百年の拘束を。
怠け者は、ついにペンを取った。
ペンの重さが、一瞬だけ巨大な鉄の塊のように感じられた。
その瞬間。
瓶の中の小人の瞳に、冷酷な光が灯った。
【 1 】「プーだぞ。按摩の準備を」
【 2 】「ミーだよ。庭園の整備を」
【 3 】「シズコです。おやつの手配を」
増殖していく無機質な声。
百の労働。それは、自分自身を縛り上げる百の鎖。
タラオは、その時初めて理解した。
贈り物とは、決して祝福などではない。
それは誰かが巧妙に組み上げた「設計」であり、傲慢な「遊び」なのだ。
そして、そのパズルは、必ずそれに相応しい主を選ぶ。
瓶の中で、小人が静かに、勝ち誇ったように囁いた。
「ご命令を、ご主人様」
砂漠の夜は、どこまでも静かだった。
だが、タラオの平穏は、この瞬間、永遠に失われた。
【第13.5話 終】