第11話:歪む偶像
[壁の傷ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻⅰⅱⅲⅳⅴ ]
刃のような嘲笑
「あなたは一体、どれほどの握力を持っているのですか!?」
静まり返った事務所に、マネージャーの怒声だけが虚しく響き渡る。
握手会での被害者となった『タケシ』は、幸運にも被害届を出さなかった。しかし、一度漏れ出した「恐怖」という名の毒は、簡単には消え去ることはなかった。
世間には、不気味な噂が都市伝説のように広まり始める。
彼女の歌声を聴いた者は、『向こう側』を見るという。見たこともない古代の景色、そして、細胞の奥底に眠っていた根源的な恐怖。
「なによ、『ホラーCD』って! アタシの歌声にシビれたからって、もっと口の利き方に気をつけてくださいっ!」
画面の向こうへ向けた必死の強がりも、今の世間には届かない。
掲示板の書き込み
「おい、船長に対しては言葉遣いに注意した方がいいぞ。手を折られるからな(笑)」
「これはアイドルというより、もはや猛獣使いの対象だろう。」
言葉はもはや応援の手段ではなく、むしろ人を弄ぶための鋭い刃物となっていた。
腹筋船長の自虐的な生存戦略
追い詰められた彼女がひねり出した起死回生の策は、自らの異変を「エンターテインメント」として昇華させることだった。
生配信:『腹筋船長は汗をかきたい! ~真のアイドルは筋肉も可愛い~』
スポーツジムを舞台にしたその配信で、彼女は「超人的なパフォーマンス」を披露してみせた。
逆立ちの状態から、ゆっくりと両足を床と平行に保つ。さらにそこから、腕の力だけで屈伸を繰り返す。
「はぁ、はぁ……見てよこれっ、マジでキツいんだから……! 可愛いさポイント、上乗せしていいんだよ……?」
わざと苦悶の表情を作り、アイドルらしさを演じる。だが、視聴者の反応は彼女の期待とは別の方向へ加速していた。
配信チャット
「すげえ……余裕の表情に見えるんだけど」
「これ編集だろ。ホントだったら怪物だぞ」
人気はたしかに上昇した。しかし、それは憧れではなく、見世物小屋の「怪物」を眺めるような好奇の視線。
――笑われているのは、分かっていた。
それでも、彼女は笑わせるしかなかった。
罪を刻む歌声
そんな中、最悪の報せが届く。
彼女を純粋に慕っていた小学生のファン、『ケイちゃん』。
憧れの船長を真似て毎日歌を聴いていた少女が、ある夜、理由もなく襲ってきた激痛に倒れ、救急搬送された。
同様の事件は、全国各地で多発。ついにCDは全回収となり、配信もすべて停止。
マリンを取り巻く世界は、急速に形を歪めていった。
「まさか……私の声が、誰かを傷つけているなんて……?」
石の部屋に戻り、冷たい水溜りが広がる床で彼女は叫んだ。
「……ここに、何かがいる。アタシの知らない『向こう側』が!」
確信はない。だが、このパピルスの奥底に、底知れぬ悪意が蠢いているのを肌で感じていた。
「まさか……私の声が、誰かに傷を与えているなんて……?」
チセイは、かつて恐怖の象徴であった眼差しで彼女を見つめた。
(……私の存在に気付き始めたか。しかし、その変化はおぬしだけの問題ではない。自分自身で決断するのだ)
「……今さら、やめられるわけないじゃない…! あと少しで、合計六十キロなんだもん……っ!」
身体がすでに「何者か」に抗えなくなっていることに、彼女はまだ気づいていない。
わずかな違和感
ある日。
モニターの中で必死に笑う彼女の口元に、一人の視聴者が気づいた。
――ほんの一瞬。
唇の隙間から見えた、彼女の「舌」の先。
それは人間のそれとは異なる、微かに、しかし決定的に異様な形状をしていた。
噂は、静かに、確実に、世界を汚染していく。
- 現在のレベル
重さ 50キロ(二段階目+10キロ)/ 10分(二段階目)
【第11話 終わり】
