第10話:変容する偶像と、軋む世界
—–剥落する「旧い自分」
[壁の傷ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ⅸⅹⅺⅻⅰⅱⅲⅳⅴ]
修行開始から一年半。地上の季節の巡りから隔絶された地下室で、彼女は激痛にのたうち回っていた。洗面器に吐き出されたのは、血に濡れた二十数本の「古い歯」だった。
(十七歳(自称)で総入れ歯なんて、冗談でしょ……)
泣きながら鏡を覗き込んだ彼女の呼吸が止まる。そこにあったのは、真珠のような光沢を放ち、隙間なく生え揃った「ギザ歯」。鋭利で、合理的で、獲物を引き裂くための完璧な造形だった。
同時期、天井の影を見つめるチセイの瞳からは、おどけた少年の色が完全に消え失せていた。そこにいるのは、かつて世界を震撼させた『大魔術師』の、冷徹で深淵な本来の姿である。
—–伝播する中毒症状
彼女の戸惑いをよそに、偶像(アイドル)としての人気は加速する。
新曲『向こう側の景色』は、表向きは切ないバラード。
「どこに行くのさ、なんてわからないよ。
つづいていく日々の中で、繋いだ手、越えて行かなくちゃ。
ねえ、聞こえているの?
凍えたとき、気づいてね。』
熱烈なファンであるタケシは、この曲に狂っていた。最近の船長はまるで精密なCGのように完璧で、あの不思議なギザ歯すら美しく見える。だが、聴き終えた後に残る「えぐり取られるような」感覚は何なのか。
ネットでは『ホラーCD』と囁かれ、聴いた者が必ず古代の、遠い過去世のような不思議な景色の夢を見ると噂された。
『聴いた人が変な夢を見る?最高にコスパのいいプロモーションじゃん!今回のCD、大バズリするかも!?』
人々はその中毒性に囚われ、吸い寄せられるように会場へと集まっていった。-
—-噛み合う「歯車」
握手会のパーティションの向こう側で、彼女は自分の『手』を見つめる。(アタシ、こんなに変わってしまったのに。一味は以前より増えていく……)
戸惑いながらも、偶像はファンの熱狂に応え続ける。
「次の方、どうぞー」
「おっしゃー! 船長、デビューからの一味なんです! ずっと応援します!」
タケシは興奮気味にその手を握った。夢にまで見た、生のマリン。
「タケシくん、ありがとう。一緒に伝説を作ろうね」
その瞬間、タケシの顔から血の気が引いた。(……なんだ、これ……手が、離れない)
皮膚の奥で、何かが「ガチリ」と噛み合った。生身の人間同士ではありえない結合。
「ギャアァァッ!!」
悲鳴が会場を凍らせる。サイレンの音が遠くから近づく中、彼女は真っ青な顔で、自分の右手に残る「異質な感触」に立ち尽くしていた。
—–1400年越しの呼応
遠く離れた場所にある苔生した古い石碑。ほとんど読めなくなった碑銘。
「……千四百年ぶりか」
チセイの問いかけに、地を這うような微かな振動が返る。
「チセイよ。お前のパピルスが、また誰かを選んだな」
大魔術師は答えない。ただその視線は、かつてないほど鋭く、冷たい光を宿していた。
—–●現在のレベル
重さ 50キロ(二段階目+10キロ)/ 10分(二段階目)—–
【第10話 終わり】