第六話:刻印 ― 四人目の挑戦者

[壁の傷:ⅰⅱⅲⅳⅴⅵⅶ ⅷ ]

数日後。石室に立つマリンの足元には、前回の倍――片足十キロ、合計二十キロの鉄塊が、鈍い光を放って転がっていた。 「そういえば……あのパピルスの裏に、なんか書いてあったような……」

床に広げた羊皮紙の裏面。そこには、格式高い三つの名が浮かび上がっていた。 『Habibi』 『tarao』 『hiroshi』

「ハビビ、タラオ、ヒロシ……。国籍も時代もバラバラじゃん。なんでこんなところに?」 ピンときた。これは、この試練を乗り越えて「名前」を刻むことが許された、先達たちの記録なのだ。

絶望の大喜利

合計二十キロ。それは、彼女の魂まで地面に引きずり込もうとする物理的な絶望そのものだ。 「うげげ……これマジで……っ!」

倒立した瞬間、視界は脳の血管が弾けそうな朱色に染まる。脳髄が指先からこぼれ落ちるような激しい圧迫感。 (このまま死んだら、暗い製鉄所でこの鉄球を無限に作らされるのかしら? あはは! ……って、なんでこんな時に大喜利みたいなこと考えてるんだろ。もっと『可憐な美少女の、切ない祈り』的な感じで挑戦させてよぉ!)

血の契約

自嘲を噛み締めながらも、マリンはパピルスの真髄に挑む。全神経を、腕と、錨のように固定された体幹の一点に集中させた。 だが、重力は非情だ。床を蹴り上げるたび、パピルスが自分を笑っているように見えた。

「……なによ、ムカつくわね」 彼女は、光る羊皮紙を掴むと、その端にガブリと噛みついた。

――ガリッ。

口内に広がる、鉄の味。血だ。 その一滴がパピルスに落ちた瞬間、青い火花に不気味な「緑」が混じった。

「触るな……馬鹿が」 闇の中からチセイが焦ったように呟いたが、もう遅い。血を啜ったパピルスは、底知れぬ緑の光を帯びて咆哮した。

魂の証明

――ガチッ、ガチンッ!! ――ギッ、ギキィィィィ……。

工業用磁石が吸い付くような、絶対的な衝撃音が静寂をぶち破る。 重力が磁力のごとき強権へと変わり、彼女の骨格をその場所に固定した。体中の骨が、限界を超えた負荷に悲鳴を上げる。 だが、マリンの体幹は、荒波に耐える巨船の錨のように微動だにしなかった。

チセイは、その光景に言葉を失った。 「……マジで、やったのか。トランプのハートが十三枚連続で揃うような、あり得ない確率を」

マリンの視線の先。パピルスの裏面、『hiroshi』の名のすぐ下に、新たな文字が刻み込まれた。

『 m a r i n e 』

彼女は、この禁忌の装置に、自らの魂の証を刻むことを許された【四人目】となったのだ。

  • 現在のレベル:重さ 20キロ/時間 5分

 

【第六話 終わり】


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