長くなりましたが、久しぶりの大作ですので皆様よろしくお願いします😊
登場人物
HIROSHI先生40代
シンジ君20代
【第1幕】
HIROSHI先生が産経新聞や東京新聞を広げていました。
シンジ君
「先生、新聞はもう不要なんじゃないでしょうか」
HIROSHI
「どうしてそう思うのカネ」
シンジは、新聞は本当のことを伝えていないし、今はネットでの情報のほうが早いから。
『新聞は不要だ』といっています。
シンジ君、それは対極にあるネット情報というものと、比べているからなんだよ。
まずはネットから考えてみよう!
【第2幕】
●ネット
多くの人が誰かを叩いたり正論を振りかざして注目を集めようとする。
[追従しやすさ]
HIROSHI
今はYouTubeにしろSNSにしても、手軽に匿名で意見ができる。
かつては、自分で意見を述べようと思ったら、電話をかけるか、手紙を書くしかなかった。
それがここ三十年で「コメント」という文化ができた、これは劇的な変化だ。
これだけで『私は理解している』気分になりやすい。
[ファーストペンギン]
HIROSHI
動画やツイッターのコメントは、作者にとどけるメッセージだよね。
ただ、日本人の傾向として、コメント欄の多いものには気軽にコメントするが、まったく無いものにはコメントをする人は少ないと思わないかい?。
シンジ
「たしかに、コメントの無い記事にはしづらいですね」
HIROSHI
その最初の一歩をする人の勇気をたたえて『ファーストペンギン』と言うんだ。
コメントがないから、感じるものがないわけではなく、コメントし辛いから『しない』だけなのかもしれない。
もともと名著でも、名画でも、最初から何万通もファンレターが届いたわけではない。
しかし、ネットの世界では現在では反応という数字になって残酷に現れてしまう。
なので目立つ記事だけ目に入りやすい構造になっているんだね。
[エコーチェンバー]
HIROSHI
YouTubeやSNSを開くと、なぜ『自分の関心のある情報』が表示されると思う?
シンジ
『ネットでは、いろんな最新情報が流れてきているので、そこから自分で選択して見ているのだと思いますが。』
HIROSHI
「シンジ君が好きな情報はナニかね?」
シンジ
「僕は動物やサバイバル、又は古代遺跡や宇宙や未来予測などが好きですね。」
HIROSHI
だとしたら、『自転車レース』や『クラシックコンサート』『趣味の園芸』の情報は積極的には流れてこないだろう。
そういう知らない物も世界には無数に存在するが、あえて求めない限り、目には入ってこないんだよ。
シンジ
「たしかに、言われてもみればそう思います!」
HIROSHI
ちなみに『終末論的な意見』を言う人の脳で何が起きているかと言うと。
食糧危機、大地震、陰謀論、疫病、等…そのような情報が目にしやすくなるので『強烈な刺激』を感じやすく、本来は別々のことなのに、
全ての情報を一つの事のように脳が繋げてしまうんだよ。
シンジ
『すべての原因が一つのように感じてしまうのですね。』
HIROSHI
そしてこういう情報は、『新聞では誰も言わない秘密教えます』だったり『私だけが知っている、ついに分かった事実!』みたいにして注目を集めようとするので、特別な情報のように感じさせやすく、麻薬のようにやめられなくなる。
これを見た自分だけが真実を知ってるんだ!という感覚は心地よいものだからです。
✦確証バイアス
『自分の考えを支持する情報だけを集める→意見がどんどん硬化する』
「次に新聞について考えてみよう」
【第3幕】
●新聞
フラットな視点、ノイズのない発信。
『ニュース面では、事実を中心にして整理して伝える』
[一覧性と、セレンディピティ(偶然の発見)]
スマホのニュースとは違い、ページを開くだけで『全く興味のなかった情報に偶然出会える』
[編集による重み付け]
デジタルニュースは全てが同じような大きさで並びがちですが、新聞は紙面のレイアウトによって重要度を伝えます。
[信頼性]
情報の鮮度ではたしかにSNSでは勝てないかもしれないが、新聞には『裏付けと、事実確認』のプロセスがある。
多くの記者が足で稼ぎ、デスクが校閲し、責任持って発行する。
この透明性が、『情報の最終確認性』として価値を保っている。
[正しくないと思ってしまう心理]
『新聞の情報が正しくないと感じてしまう原因は、責任の重みと、監視の厳しさにあります』
結論『新聞は誤報もあるが、訂正・責任・検証の仕組みがある。』
✦アンカリング効果
最初に見た数字や情報に引きづられる。
例えば過去の新聞の間違いによる謝罪などの記憶は残りやすい。
【第4幕】
[驚異的な歴史と個別配送]
シンジ
「昔から不思議に思ってます」
ネットと違って。
毎日毎日、あれだけのページを大量の紙に大量の印刷を施して、なおかつ朝と夕方があり、時間を間に合わせなければならない。
それを四十年も可能にしているシステムはすごいと感じています。
HIROSHI
「たしかに、普通に考えると日常の裏側で巨大でかつ精密なシステムが動いているんだ。」
毎日何千万部という物理的な紙を数時間以内に製造し、各家庭にとどける。
一つのミスも許されない分刻みのスケジュールのなかでだ。
しかも、40年どころではないよ。
もうすでに150年もその歯車が回り続けているんだ。
『150年はとんでもなく長い時間です!』
シンジは腰を抜かしそうになった。
[止まることが許されない]
HIROSHI
このシステムがこれほど長く維持できているのは、それが公器(社会のインフラ)として設計されているからです。
災害時であっても、新聞は記録として残るため発行を続けようとします。
その強い使命感が、現場の人間を突き動かし、異常なまでの正確性を「当たり前」の基準にまで押し上げているのです。
今日も誰かが真夜中に印刷機を動かし、誰かが夜明け前の街を走っている。
【第5幕】
シンジ
『僕は新聞に対する考え方が変わりました、ところで日本で一番発行されている新聞はなんですか?海外での代表的なものも教えて下さい』
HIROSHI
「一番は『読売新聞』約600万部」
「二番は『朝日新聞』約320万部」と言うところだ。
アメリカでは「ウォール・ストリート・ジャーナル」
イギリスでは「ザ・タイムズ」
中国共産党だと「人民日報」が代表的だね。
[日本の異常さ]
HIROSHI
実は海外の新聞は「紙」をあきらめ始めて、今はデジタルで完全移行しつつある。
しかし日本で、これほど紙が健在なのは、『新聞販売店』という独自のネットワークが全国津々浦々まで張り巡らされているからなのです。
世界的に見ても日本の新聞社のように「巨大な部数を、決まった時間に」全国津々浦々の玄関先まで届けるという仕組みは特殊なことなのです。
シンジ
『新聞というのは、巨大な生命体のようにも思えてきました、このシステムが維持できてるってすごいことなんですね!』
HIROSHI
『その表現はいいと思います、そしてこれからも多くの人たちがそれを支えて行くのでしょうね』
ネットは世界の情報を一瞬で届けてくれる。
新聞は、1日という時間をかけて情報を整理し、社会の記録として残していく。
速さには速さの価値があり、積み重ねには積み重ねの価値がある。
私たちは、その二つを上手に使い分ける時代に生きている。
終わり
問い『あなたにとって、さらに100年後まで続いてほしいものはなんですか!?』
あなたの答えが、未来への架け橋となるかもしれません。
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