誰だって、人から嫌われたいと思って生きているわけではありません。

もちろん、例外はあるかもしれませんが、多くの人はできれば好かれたいし、少なくとも無用な対立は避けたいと思っています。

それなのに、

「なぜか嫌われている気がする」
「理由が分からないのに距離を置かれた」

そんな経験をしたことがある人は少なくないでしょう。

これは誰にも避けられないことなのでしょうか。

原因が分からない嫌悪

私自身の経験を一つ紹介します。

以前、新しい現場で働いていた時のことです。

ある同僚が、途中から妙に私を敵対視するようになりました。

理由が分からなかったので、思い切って聞いてみました。

「何か自分に原因がありますか?」

すると返ってきたのは、

「なんで休憩を車で取るんだ。あんたは勝手なんだよ」

という言葉でした。

それならばと思い、その後は室内で休憩するようにしました。

しかし、その人との関係は最後まで改善しませんでした。

『もしかしたらあの人も何が原因かは分かっていなかったかもしれない』

そんな経験でした。

● もう一つ興味深いケースを紹介します。私がタクシーの仕事をしていた際、迎車の連絡を受けてあるアパートに向かいました。アパートのドアをノックすると、顔を出したのはK-1をやっているような雰囲気の男性でした。中には泣いている女性がおり、男性が怒鳴っていたので『まずい状況』と思いました。私が 慎重に『ご利用の方は?』と尋ねると、男性は『この女性はおかしいんだ、病院に連れて行ってほしい』と頼んできました。最初は、男性が女性を逃がさないように乱暴にしているのだと思い込んでいたのですが。実際には、女性がその男性に付きまとい。男性の方は、離れてほしくてタクシーを呼んだという意外な展開でした。(苦笑)

人が人を嫌う理由

人から嫌われると、

「何か悪いことをしたのだろうか」

と不安になります。

もちろん本当に原因がある場合もあります。

しかし、そうでない場合も少なくありません。

考えてみると、人間関係の構造そのものに理由があるように思えます。

1. 快と不快は人それぞれ

人はみな違います。

遺伝子も違う。

育った環境も違う。

これまで出会った人も違う。

つまり、

「心地よい」と感じるものも、
「不快だ」と感じるものも、

人によって違うのです。

どれだけ自分をコントロールしても、

他人が自分をどう見るかまではコントロールできません。

2. すべての人に好かれることは不可能

よく知られている考え方に、

2:7:1の法則

があります。

どんな人でも、

  • 2割は無条件で好意を持つ
  • 7割はどちらでもない
  • 1割はどうしても合わない

というものです。

どれほど努力しても、全員に好かれることはありません。

逆に言えば、

理由もなく好いてくれる人も存在します。

3. 相手の事情は見えない

人は、

  • 睡眠不足
  • 疲労
  • 病気
  • 人間関係の悩み
  • 経済的不安
  • 過去の傷

など、外からは見えない事情を抱えています。

その結果、

本当はあなたが原因ではないのに、冷たい態度を取ってしまうこともあります。

私たちは他人の人生のほんの一場面しか見ていません。

聖人ですら批判された

考えてみれば、

お釈迦様も、
キリストも、

必ず批判する人がいました。

歴史上の偉人でさえそうなのです。

理不尽な話ですが、

むしろそれが人間社会の標準なのかもしれません。

白いオオカミは神なのか

自然界では、ときどき白い個体が生まれます。

白いヘビ。
白いキジ。
白いオオカミ。

それらは単なる突然変異です。

しかし人間は、

「神聖だ」
「縁起が良い」
「特別な存在だ」

と意味を与えます。

実際には色が違うだけなのにです。

人間同士も似ています。

見た目や性格の違いに、

私たちは勝手に価値や意味を貼り付けてしまいます。

人間もまた多様性

生物の世界に、

絶対に正しい性格はありません。

慎重な個体。

大胆な個体。

臆病な個体。

好奇心旺盛な個体。

どれも状況によって有利にも不利にもなります。

人間も同じです。

無口な人。

派手な人。

真面目な人。

変わり者。

怠け者。

社交的な人。

どの性質も、場面によって長所にも短所にもなります。

完璧な人はいません。

だから、

嫌われても平気な人がいる。

深く傷つく人もいる。

それもまた、人間の多様性の一部なのだと思います。

世界が広すぎる

ここで興味深いのが、

ダンバー数

という考え方です。

人間が安定した関係を築ける人数は、およそ150人程度と言われています。

ところが現代では、

SNSで何千人もの目を気にし、

世界中のニュースが流れ込み、

知らない人と毎日のように接触します。

脳の基本構造は一万年前と大きく変わっていないのに、

舞台だけが巨大になってしまった。

現代人は、生まれた瞬間から少し無理な環境に立たされているのかもしれません。

あの時、嫌な顔をした人も、

単に人や情報が多すぎて疲れていただけだったのかもしれません。

理想とする世界

最後に、私が時々想像する世界があります。

世界の広さは神奈川県ほど。

人口は1000人程度。

車も電車もない。

移動は徒歩か自転車だけ。

そんな世界なら、

ほとんどの人が顔見知りになるでしょう。

景色は歩く速度で流れ、

人の表情も生活も、もっとよく見えるはずです。

高速で過ぎ去る70年も、

歩く速度で過ぎる70年も、

同じ70年です。

それなら私は、歩く速度の人生を選びたい。

そんな世界は、もしかすると狩猟採集民や小さな共同体に少し近いのかもしれません。

実現は難しくても、

そんな生き方を想像してみるだけで、少し心が軽くなる気がします。

終わり

#人間関係 #認知の偏り #多様性 #生物学 #現代社会の構造

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①アルフレッド・アドラー(課題の分離・嫌われる勇気)
②ダンバー数(人間関係の限界人数)
③ハロー効果(第一印象の錯覚)
④確証バイアス(自分の先入観や仮説に都合の良い情報ばかりを集め、それに反する情報を無意識に無視・軽視してしまう心理現象)
⑤行動遺伝学(人はどこまで生まれつきか)