車社会。
量産された車。
皆、同じようにきれいに磨かれた車。
多くの人は、できるだけ平均に近づこうとしているように見えます。
日本人には、
「目立たない」
「主張しない」
「周りと合わせる」
ことで、面倒に巻き込まれないようにする習慣があります。
それは決して悪いことではありません。
恐怖や危険から逃れようとするのは、人間が最初から持っている自然な欲求だからです。
しかし、交通社会ではどうでしょうか。
道路の上で、忍者のように姿を隠し、ステルス機のように存在感を消すことで、本当に危険から逃れられるのでしょうか。
答えは、少し意外なものでした。
オーストラリアのモナシュ大学事故研究センターには、車体色と事故リスクの関係を調べた研究があります。
警察に報告された実際の事故データを使い、車の色と事故の起きやすさを比較したものです。
その結果、白い車と比べて、黒・青・灰色・緑・赤・銀など、視認性の低い色の車は事故リスクが高い傾向が見られました。
つまり、
「派手だと狙われる」のではなく、
「見えにくいと気づかれにくい」
ということです。
「目立たないほうが巻き込まれない」
この考え方は、人間関係では通用する場面があるかもしれません。
しかし、交通にはそのまま当てはまりません。
暗い車体。
ライトの点灯が遅い車。
ウインカーの遅い車。
動きが読めない運転。
これらは控えめなのではなく、周囲から見ると情報量の少ない車になります。
道路では、情報量の少ない存在ほど危険です。
相手に見えていなければ、配慮されることもありません。
日本の警察庁やJAFも、早めの前照灯の使用を呼びかけています。
ライトは、自分が前を見るためだけのものではありません。
自分の存在を、周囲に知らせるためのものでもあります。
雨の日、曇りの日はもちろん、晴れの日でも、ライトを点けている車は大きく、近く見えます。
夕方の西日で一瞬前が見えにくくなるような時でも、ライト点灯中の車は視界に入りやすく、避けやすくなることがあります。
気づいてもらうための対策
私が大切だと思うのは、次のようなことです。
早めのライト点灯。
雨天・曇天でのライト点灯。
早めのウインカー。
十分な車間距離。
急な進路変更をしないこと。
そして、責任運転者プレートのような宣言。
★これらは、派手に目立つためではありません。
自分の存在と動きを、周囲に早く伝えるための行動です。
「見られる」ことの重要性
交通安全において、「見る(周囲を確認する)」ことはもちろん不可欠ですが、それと同じくらい「見られる(周囲に気づいてもらう)」ことも重要です。
- ライトの役割: ヘッドライトは「自分が前を見るため」だけでなく、「自分の存在を周囲(対向車、歩行者、自転車)に知らせるため」のものでもあります。昼間でもライトを点灯する「デイタイム・ランニング・ランプ(DRL)」が普及しているのは、そのためです。
- ウインカーの役割: ウインカーは、自分の「意思(曲がる、車線変更する)」を周囲に伝える唯一の手段です。直前での点灯や、点灯しないことは、周囲に混乱を与え、事故を誘発します。

私が行っている独自の対策
私自身が行っているのは、車の匿名性という壁を越えて、周囲に責任を宣言するための「顔写真プレート」です。
現在は、前後左右に四枚使用しています。
少なくとも私の周囲では、まだ見たことのない実験です。
「目立ちたがりだ」
「みっともない」
そう思われることもありますが。
これにより、運転時の背筋が伸び。
ライトの常時点灯と、スマホ、タブレットの使用を跳ね除ける対策が完成しました。 目立つ+自己抑制の究極の対策ではないかと思っています。
車は、目立たずに隠れることで安全になるものではありません。
むしろ、見落とされないように存在を共有するほうが安全です。
「私はここにいます」
「これから曲がります」
「あなたに気づいています」
その小さな合図の積み重ねが、事故の可能性を少しずつ削っていくのだと思います。
追記:速さで目立つ運転について
一方で、同じ「目立つ」でも、まったく違う目立ち方があります。
夜間の空いた道路や町中の路地を、レーサーのように猛スピードで走る車です。
本人は、
「運転がうまい」
「事故にならなければ問題ない」
と思っているのかもしれません。
しかし、それは本当に安全な運転なのでしょうか。
警視庁の説明
警視庁によると、危険認知速度が高いほど致死率が高く、規制速度を超過した交通事故の死亡事故率は、超過しない事故の9.2倍になるとされています。
速く走って目立つ車は、自分の存在を知らせているのではありません。
周囲に「避けろ」と命令しているのです。
責任ある目立ち方は、相手に安心材料を渡します。
無責任な目立ち方は、相手に危険を渡します。





