今回の物語は、
害虫駆除業者の二人が、マンションの印象について語っているところから始まります。


表札のない部屋

[マンションの廊下]

コウイチとシンジは、駆除依頼のあった部屋を探している。

同じ色の扉が並ぶ。
静まり返った通路。

シンジ
「……ここ、表札ほとんど無いですね」

ポストにも名前がない。
どの部屋に誰が住んでいるのか分からない。

コウイチ
「最近はそれが普通だ」


守るための“非表示”

シンジ
「やっぱり、防犯ですか?」

コウイチ
「知られないほうが安全、って考えだろうな」

確かに合理的だ。

だが、扉の向こうには生活音がある。
咳も、笑い声も、足音もある。

近いのに、遠い。

シンジ
「隣に誰がいるか分からないって、ちょっと不思議っすね」


車と同じだ

コウイチ
「車も同じだ」

「顔が見えないと、ウインカーは遅れる」

「ライトも点けない」

存在を示さなくても、自分は困らない。

表札も同じだ。

名前を出さなくても生活はできる。

でも——

コウイチ
「“誰がいるか分からない空間”は、少しずつ無関心を育てる」


害虫の視点

シンジ
「無関心?」

コウイチ
「害虫はな、静かで気づかれにくい場所を好む」

「人間も似てる」

見られていないと思うと、
ほんの少しだけ、緩む。

それが積もる。


まとめ

表札を出さないのは悪ではない。
守るための選択だ。

だが確かなことがある。

人は、
“誰かがいる”と感じるだけで整う。

匿名は盾になる。
だが同時に、責任を薄くもする。

名前を隠す社会は、安全か。


それとも、静かな孤立か。

おしまい


#匿名社会 #エッセイ #心理学