タケシ君は脚立での作業中、足元が平坦でなかったためにバランスを崩し、真下に転落して腰を強く打ってしまいました。 幸い、一時的な痺れはあったものの、大事には至らず無事に回復しました。
これは作業現場での「あるある事故」ですが、脚立の安全対策には明確な教訓があります。 「高さが低いときこそ、最も注意せよ」
実際の労働災害データでも、高さ1メートル程度の「油断しやすい低所」でこそ重篤事故や死亡事故が多発しています。 「高い場所は怖いから慎重になるが、低い場所だと気が緩んでしまう」という心理の罠です。
面白いことに、この現代の安全教育とまったく同じ構造の話が、約700年前の古典『徒然草』にも登場します。
◆『徒然草』第109段:高名の木登り
「木登りの名人」として有名な男が、弟子に高い木へ登らせて梢(枝先)を切らせていました。 弟子が高所の危なっかしい枝先で作業している間、名人は一言も喋らず、じっと下から見守っています。
そして作業が終わり、弟子が木を降りてきて、ちょうど家の軒(のき)ほどの高さまで降りてきたとき、名人は初めて声をかけました。 「怪我をするなよ。気をつけて降りて来い」
それを見た周囲の人が尋ねます。 「これくらいの高さなら、飛び降りたって平気なはずだ。なぜ今さら注意するのか?」
すると、名人はこう答えました。 「目がくらむような高い場所にいる間は、本人が恐れて自ら慎重になっているため、周りが注意する必要はありません。過ち(失敗)は、安全な高さまで降りてきて『もう大丈夫だ』と油断した瞬間にこそ、必ず起きるものなのです」
筆者の吉田兼好は続けて、蹴鞠(けまり)も難しい局面を切り抜けたあと「もう簡単だ」と安心した瞬間に蹴り損ねる、という話を付け加えています。
◆ 身体全体で理解した「名人の教訓」
タケシ君はその話を聞いたとき、「ふーん、そんなもんかな」程度にしか思っていませんでした。
しかしある日、激しい腹痛に襲われ、冷や汗を流しながら必死の思いで自宅のアパートにたどり着いたときのことです。 鍵を開け、ドアノブに手をかけ、玄関に入った瞬間……「ふぅ、着いた!」と猛烈な安心感が押し寄せ、一気に身体の緊張が緩んでしまいました。
あれっ……💦
「トイレの直前まであれほど限界を耐え抜けたのに、最後の最後、安心した瞬間に決壊してしまう……!」
タケシ君は、木登りの名人が言っていた「油断の恐ろしさ」を、身をもって(身体全体で)深く理解したのでした。
タケシ君のこの強烈な経験に限らず、日常には同じような魔物が潜んでいます。
- 終業の30分前に、初歩的なトラブルが発生する
- ドライブから帰宅し、自宅の駐車場に入れる直前で車をこする
- 最後の書類提出で名前の書き忘れなどのポカをやらかす
人間は、一番危ない局面では全神経を研ぎ澄ませています。 本当に恐ろしいのは、難所を乗り越えた後の「あともう少し」「ここまできたら安心」という心の隙間です。
事故や失敗の魔物は、何ということのない日常の「最後の数歩」に潜んでいるのです。
ヨシッ!✨️
#徒然草 #高名の木登り #油断大敵 #人間心理 #ヒューマンエラー






